カフェのドアが開き、軽快な足音が近づいてくる。顔を上げると、そこには彼氏の遼が立っていた。彼のいつも通りの柔らかい笑顔が、美咲を安堵させた。だが、その瞬間、彼女の心の奥深くにある暗い感情が再び騒ぎ出した。
「美咲、ここにいたんだ。最近、ちょっと様子が変だよね。何かあった?」
遼は心配そうに彼女の隣に座り、真剣な表情で見つめる。優しい言葉と彼の気遣いが、逆に美咲の胸を締め付けた。彼には、決して話せないことがあった。話せば、彼の中で今までの美咲像が崩れ、すべてが変わってしまう。
「何もないよ、ただ少し疲れてるだけ。」
美咲はそう言って、また笑顔を作った。だが、その笑顔が嘘であることを自分でも感じていた。遼はため息をつき、美咲の手をそっと握る。
「無理しなくていいんだよ。何かあったら、俺に言ってほしい。君を守りたいんだ。」
その言葉を聞くたびに、美咲の胸に広がる不安と罪悪感は増していく。彼の無垢な優しさに応える自信が彼女にはなかった。彼は完璧すぎる。美咲の中に広がるこの暗い感情、そして最近感じ始めた危険な香りを、遼には伝えられない。
その香りを漂わせているのは、バイト先の店長だった。彼は美咲のことをじっと見つめ、その視線が危険でありながらも魅力的だった。店長の存在が、彼女の生活にゆっくりと忍び寄り、遼との関係を覆うように影を落としていた。
その夜、美咲は遼の部屋に招かれた。映画を見て、いつものように一緒に過ごす予定だった。だが、彼女の心は別のところにあった。遼の部屋にいるはずの自分が、頭の中で店長の姿を思い描いている。
映画が始まり、遼がそっと美咲を抱き寄せた。彼の温もりを感じながら、美咲は心の中で迷い続けていた。このまま穏やかに過ごせば、遼との未来は明るいかもしれない。けれど、店長が見せるあの暗く、危険な笑顔が、彼女を引きずり込んでいた。
「美咲、大丈夫?」
遼の声に、はっと我に返った。彼は彼女の顔を覗き込んでいる。心配そうな表情を浮かべた彼の瞳が、まっすぐに彼女を見つめていた。
「うん、大丈夫だよ。」
美咲は答えながらも、その言葉に自信がなかった。彼の優しさが、彼女の心を余計に重くする。自分は本当にこのままでいいのだろうか?遼は安全で、安心できる存在だったが、それだけでは満たされない何かがあった。
その夜、美咲は遼の隣で眠りについたが、彼の腕の中で感じる安堵感よりも、店長の冷たい視線が頭から離れなかった。その視線が、彼女の心の中にある暗い部分を刺激し、彼女をさらに深みに引き込んでいくように感じた。
次の日、美咲はバイト先で再び店長と顔を合わせた。彼の視線がいつも以上に冷たく、挑発的で、美咲は息を飲んだ。彼女は心の中で、これ以上関わってはいけないとわかっていた。だが、足が動かなかった。
「美咲、少し話がある。」
店長が低い声でそう言い、彼女を呼び止めた。その声には、言葉では表現できない危険な響きがあった。美咲の胸は高鳴り、逃げ出したい気持ちと、そこに留まることへの衝動が交錯していた。
闇の中で芽生え始めた感情は、もう後戻りできない地点に来ていると、美咲は感じていた。
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